三陸書房
今月号リレー・エッセイ2

(3) 思考と信号 その22

日本人は臆病か
佐川 峻
先日、『ノーカントリー』を観た。原題は “NO COUNTRY FOR OLD MEN” である。「年寄りには住めない国」とでもいうのだろうか。もちろん、アメリカのことである。アカデミー賞も受賞している。缶コーヒーのコマーシャルでよくお目にかかるトミー・リー・ジョーンズが老保安官役で出ている。
ストーリーはシンプルである。マフィア同士の殺し合いの現場を偶然見つけたモスという男は、そこに残された大金を手にする。モスはその金をネコババするが、そのために、金の行方を探すシガーという殺し屋に追われることになるという筋である。
この映画で最も印象的なのが、この殺し屋シガーである。圧搾空気の入ったボンベを抱えて、その空気で作動するエアガンで人を殺す。このエアガンはもともと、家畜を屠殺するためのものである。
少しオカッパ型の髪をしたシガーは無表情で、なんのためらいもなく人を殺す。殺される寸前の犠牲者に向かって、「皆、なんで私を殺すの?と聞く」というようなセリフを吐く。人というよりは、殺人マシーンである。殺す特別な理由はない。ないというか、他の人にはうかがい知ることはできない。彼にとって、モスを見つけて金を取り戻すことが唯一の目的である。まきぞえになる犠牲者はただ、その彼の行く手にたまたま現われた不運な人間ということにしかすぎない。
トミー・リー・ジョーンズが演じるベル保安官はこの事件を追ってゆくのだが、アメリカ人である彼さえも、年のせいか、この異常な連続殺人事件にはついてゆけない。そこで、出る彼の嘆きが原題なのだろう。
これは映画なので、現実のアメリカがこうだとか、これがアメリカ人の感性を現しているなどとは言えないが、日本人である私は厳として、老保安官以上にこのような状況にある種の違和感を覚える。映画のストーリーや殺し屋に対する違和感ではなく、登場人物の行動様式に対してである。
ひとつは、銃をいとも簡単にブッぱなすということである。自衛のための銃を保有してよい国なので当然なのであろうが、とにかく、自分が危険と思えば、相手に容赦なく発砲する。殺し屋がそうするのはまだわかるが、それから逃げまわる小心者のモスも結構、はでにやらかすのである。場面によっては、シガーと堂々と渡り合うガンファイトもある。
これに違和感を感じるのは、私が臆病なせいだろうか。それとも、単に銃に慣れていないだけのことなのだろうか。アメリカ人はどう感じているのだろうか。感じ方に民族的な差があるものだろうか。単に、育った環境の違いなのだろうかという疑問が生じる。
アメリカの精神医学者であるクロニンジャーは、性格とそれを支配する遺伝的要因を研究した。彼は、ある性格テストを考案して、個人の性格を分析し、その結果と遺伝子との関係を調べたのである。
性格は、当然のことながら生まれつきの部分と育つ環境に影響される部分とがあるはずである。100%遺伝で決まる性格もなければ逆もしかりである。しかしながら、どちらかというと環境よりは遺伝的要因で決まる性格があることがわかったのである。
それらの性格は、まず、好奇心に基づいて新しいものを探索、探求しようとする「新奇性追及」、危険やリスクをおかそうとしない「損害回避」、懲罰を逃れ、報酬を得ようとする「報酬依存」、無理をしないで現状を維持しようとする「持続性」の4つの性格である。
そして、さらにこれらの性格と神経伝達物質の関係を研究し、「新奇性追及」はドーパミン、「損害回避」はセロトニン、「報酬依存」にはノルエピネフィリンという神経伝達物質が関係しているとしたのである。ドーパミンとセロトニンはこれまで何度もこのコラムに登場してきた物質である。
ドーパミンはいわば脳のアクセルを踏む物質で、分泌されると「新奇性」を司る脳神経が活発になる。同様に、セロトニンはブレーキ役をするので「損害回避」活動を引き起こす。最後のノルエピネフィリンは報酬が得られたらそれが続くような行動を生じさせる神経細胞を働かせる。
ここでは、先ほどの性格に特徴的な行動はそれを引き起こす脳の活動によるものであり、つまり、その脳の活動を調節している神経伝達物質の分泌量に依存するとしていることに注意してもらいたい。行動する本人はいろいろ考えて行動しているつもりかもしれないが、しょせんは脳の神経伝達物質に支配されているのである。
ここから話は第二段階に進む。さらにアメリカの学者らの研究によって、ドーパミンの働き方は遺伝子の違いに関係があり、それが民族的に差があることが発見されたのである。簡単に言うと、アメリカ人はドーパミンの働きが遺伝子的に活発であり、東・南アジア人ではそうでないことがわかったのである。
この結果を単純に解釈すると、アメリカ人は東・南アジア人よりも新しいものに対して積極的であり、好奇心が強いということになる。進取の点において民族的に性格が異なるのである。さらに言えば、発明・発見などの能力はアメリカ人の方が、東・南アジア人よりも上ということにもなるかもしれない。
次は、当然、セロトニンではどうなるかということになる。セロトニンは「損害回避」の性格、すなわち、消極的な性格ということなる。セロトニンは脳に「不安」を生じさせる神経物質でもある。不安を感じやすい人は、当然、「損害回避」の傾向も強くなるだろう。
このセロトニンに関して、やはりアメリカの学者によって関係する2種類の遺伝子が発見された。l(エル)遺伝子とs(エス)遺伝子である。lとsは実はlongとshortの略であるが、議論にはあまり関係はない。
人は、この両方の遺伝子を持っているのだが、持っている割合が異なる。l遺伝子に較べてs遺伝子は不安を強く感じる傾向があるので、s遺伝子をたくさん持っている人はセロトニンの働きが l遺伝子をたくさん持っている人よりも強いのである。
そこで、日本人とアメリカ人でこの遺伝子を持っている割合を比較したところ、日本人のほとんどは、s遺伝子を最低1個は持っており、l遺伝子だけの人は2%弱だった。これに対して、アメリカ人はs遺伝子だけの人は68%にとどまり、l遺伝子だけの人は32%もいたのである。
この結果からは、日本人はアメリカ人と比較して、不安を感じやすく、「損害回避」の傾向が強いということになる。端的に言って、日本人はアメリカ人よりも臆病ということになるだろう。よく言えば、控えめで奥ゆかしいということだろうか。
アメリカ映画は先の「ノーカントリー」の殺人にとどまらず、カーチェイスは派手だし、やたら爆発シーンも多い。日本人が作った映画はなぜかこのような派手なシーンはあまりないし、あってもなんとなく似合わない。
要するに、日本人の感性、すなわち脳がこのようなものを受けつけないのだろう。ドーパミンの働きが弱く、セロトニンの働きが強いせいだが、それが日本人の特徴と思うよりほかないことではある。




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