三陸書房
今月号リレー・エッセイ2

(3) 思考と信号 その25

フリン効果とは何か
佐川 峻
フリン効果に入る前に少し、寄り道をしよう。
「若者が本を読まなくなった」といろんな所で聞くが本当だろうか。一方、「本が売れなくなった」ともこれまたよく言われていることである。乱暴な議論ではあるが、「最近の人間は、本を読まなくなったので少しバカになってきている」とさえ、非公式の場では、言われることもある。
しかし、私個人としては、巷の本屋には本があふれ、人が本を読まなくなったとはにわかには信じがたい気もしていた。昼飯後、神保町あたりをぶらぶらするのが散歩コースなのでなおさらである。しかし、気になったので、少し、調べてみた。
実は、本に関しては、実売部数が「出版年鑑」の中に立派な統計数字としてあり、それがわかるようになっている。しかも、書籍と雑誌別にである。その数字を見て、少し驚いた。やはり言われているとおり、書籍、雑誌ともに近年、実売部数は急速に減少しているのである。
書籍の販売部数は戦後、急速に増加し、平成6年には年間約10億部にまで達した。しかし、その後、減少の道をたどり始めた。平成12年には8億6千万部にまで減った。統計数字はここまでしかないが、推計すると、今年、平成20年は、6億8千万部ぐらいのはずである。この割合でさらに減少し続けるとすれば、平成30年には5億部を割り込み、ピーク時の半分になる計算である。わずか24年で半減するのである。確かに、減っている。
しかし、お堅い書籍はともかく、雑誌はどうだろうか。雑誌もやはり減少しているのである。ピーク時の平成5年には年間38億部だったのが、平成12年には35億部にまで減少している。書籍ほどではないが、減っているのである。
では、人は本を読まなくなり、結局、バカになりつつあるのだろうか。結論を急ぐ前に、本を読まなくなった理由を考えてみよう。
まず、注目すべき点は、本の売れ行きは平成5、6年から減少し始めているという事実である。実は、この時期はインターネットと携帯電話が本格化しはじめた時期でもある。情報がインターネットや携帯電話で得られるようになったから本が不必要になったというよりは、単純に、本にまわすべき読む時間とお金がなくなったためだろう。これは推理というよりは、実感でもある。録画したテレビ番組や、期限付きで借りた映画のレンタルCDを見なければならないとあっては、なおさらである。
とすれば、本を読まなくなったのは確かであるが、情報はインターネットや携帯などの別の媒体で得ているので、情報量で考える限り、単純にバカになったとは言えないことになる。むしろ、賢くなっているのかもしれない
これからが、本題のフリン効果である。フリンは不倫ではなく、人の名前である。
ニュージーランドのオタゴ大学の政治学者であるJ.フリンは、世界各国の知能テストの結果を分析した結果、ある奇妙な事実を発見した。それは、要約すると、先進各国で実施されている知能テストの得点は世代が進むにつれて上昇しているという現象である(『知能』イアン・ディアリ著:岩波書店)。これがフリン効果といわれているものである。
フリンは35カ国の165人の研究者と連絡をとって、知能テストのデータを収集した。日本もその中に入っている。
知能テストの上昇した例をいくつか挙げると、例えば、ベルギーやイスラエル、ノルウエーなどがある。ベルギーでは、1958年の知能テストの平均IQ値は93だったが、1967年には100に上昇している。イスラエルは、1970年は91だったが、75年、80年と上昇し続け、1985年には100になっている。ノルウエーの場合は、1954年は88.5だったが、1980年には100になっている。
この世代によるIQの上昇という現象に対して、いろんな考え方がある。一つは、この上昇はデータの誤差やIQの換算の操作の違いによる見かけの上昇であって、いろいろな補正をすればこのような上昇はなくなるというものである。要するに、フリン効果というものは現実にはないということである。しかし、この説明では、多くの国で同じ傾向が見られるということを説明できそうにもない。
別の説明は、世代が進むにつれて、知能テストに慣れが生じるために得点が上昇するというものである。しかし、知能テスト以外のテストでは得点が下がっているものもあるのである。慣れがあるとすればこれは変である。従って、慣れによって得点が上がったということはありそうにもない。
フリン自身は、このIQ上昇は事実と見ている。ただし、その理由としては、進化などではなく、世代が進むにつれて、社会経済的な環境がよくなっためということを検討しているという。
著者のディアリによれば、多くの学者はこの事実に呆然としているのが現状としている。米国の心理学会ではこのフリン効果だけのセッションが持たれたそうである。「もし、知能研究の分野に賞が存在するのであれば、IQ上昇というフリン効果を解明した者に与えるべき」とまで著書のなかで言っている。フリン効果は謎中の謎である。
フリン効果のデータは、日本に関する限り、本を読まなくなったことや、最近のインターネットや携帯電話の効果まで解明するほど整備されていない。しかし、人は、世代が進むに従って、賢くなっているのが事実だとすれば、それは今の日本でも起こっている可能性が高い。その理由ははっきりしないにしてもである。決して、「バカになっている」のではなく、むしろ逆である。
私は、フリン効果が実際にあるのではないかと考えている。それは、人の脳が少しずつ進化しているためである。数千年前に生じた脳の活動に関する遺伝子の変化のために人類の能力は大きく拡大したと信じられる例もある。人類の古代文明は、4千年前くらいから出現しているが、これにはちゃんとして理由があると考えるべきである。
もし、人は世代を重ねるほど本当に利口になるのであれば、政治や経済はできるだけ、早く若者にゆだね、おじん、そしておばん達はさっさと引退することが賢明な方法ということにもなるだろう。




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