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狼! オオカミ!
高橋 正男
かつて北半球に広く棲息していたオオカミは、19世紀後半から20世紀にかけて、かれらを取り巻くさまざまな環境の劣悪化によって、多くの地域で絶滅、もしくは急速に減少していった。わが国では、北海道に棲息していた灰色オオカミの亜種エゾオオカミが19世紀末に、本州に棲息していたニホンオオカミが20世紀初めに、絶滅した。同様な現象は、ヨーロッパ諸国で起こっている。
この勢いでいったなら、オオカミのみならず動物の多くの種が地球上から姿を消すことになったろう。幸い20世紀後半から自然保護運動が盛んになり、絶滅の危機に立たされた種を保護・復活させるための諸施策が各種団体により提起、実行された。そうして、地球の自然は甦ったとは言えないにしても、種の絶滅の危機はある程度食い止めたと言えるまでになったが、油断はならない。
オオカミに限って言えば、新しい波がヨーロッパで起こっている。1992年、フランスの南アルプスの国立公園に2頭のオオカミがイタリアの国立公園から入り、現在もアルプスの南斜面沿いに定着、増え続けている(この事実は当初公表されなかった)。しかし、高速で走る乗用車による交通事故やハンターによる射殺などの事故がつきまとい、自然増加というわけにはいかないらしい。ノルウエーでもロシアから入ったオオカミが増え、社会問題になっているという。スイスやドイツでも第二次世界戦争後、数頭のオオカミが目撃されている。それらは単に移動中のものか、定着しているものなのか、明らかではなかった。ヨーロッパは地続きだから、山を越え、谷を渡り、平原を駆け、森をくぐれば、移動は容易なことだ。
フランスのオオカミは1940年頃、絶滅したということになっているが、その後もフランスの各地で目撃されていて、その度に大騒ぎになった。日本では想像もできないことだが、たかが1頭や2頭のオオカミにハンターや警察だけでは足りず、軍隊やヘリコプターまで動員して、山狩りをおこなったという。連日、マスコミが書き立て、ラジオ、テレビの現地取材でごった返す。日本とてオオカミが現れたとすれば、事情は同じであろう。しかし日本での騒ぎは、オオカミへの恐怖や恨みがさほどあるわけではないだけに、野次馬的であろうが、フランスの場合は、先祖伝来の恐怖と恨みが込められているだけに、深刻で敵意もむき出しになる。それほど、フランスではオオカミに対する恐怖心は大きく、測り知れない。
ヨーロッパでは、オオカミへの恐怖はオオカミが人間を襲い食うという恐怖である。それからオオカミ伝説が始まる。そのなかに人間狼(人狼伝説)・狼使いへの恐怖が生まれた。人間が少なかった中世は、町外れから鬱蒼たる森が隣の町まで続いた。夜になって、隣の町やさらにその先へ旅を続けなければならない旅人は、灯ひとつない真っ暗な森の中を、人間狼や強盗や魑魅魍魎(ちみもうりょう)の恐怖におびえながらひたすら先を急いだ。フランスの田舎で車を走らせていると、街道の曲がり角や葡萄畑の入り口に大小の十字架が建っているのが気になる。これはこうした人々が旅の安全を祈るためのものだった。近代化が進み、道路や森林、そして耕作農地の整備が整っている現在でもなお、昔の面影をとどめていて、中世フランスの旅の事情が偲ばれる。
人間とオオカミが古くから深い関わりを持っていたことは、多くの国々の神話や伝承や文芸のなかに現れている。遠く離れたフランスと日本に、似たような民話があるので紹介しよう。日本で「千匹狼」あるいは「鍛冶屋の女房」として知られている話である。
夫婦の旅人が夜になって、たくさんのオオカミにあとをつけられているのに気がついた。夫婦は高い木にのぼり、そこで一夜を過ごして難を逃れようとした。
するとオオカミたちは木のまわりに集まり、肩車を組んでその上に乗り、二人に迫ってきた。オオカミの手が届きそうになると、刀で切りつけた。「ギャッ」と叫んでオオカミは落下した。すると次のオオカミが迫ってくる。こうした繰り返しをしているうちに、夫婦はオオカミたちが「鍛冶屋のおばばを呼んでこよう」と囁くのを聞いた。そうして彼らはいずれかに消えた。
やがて白い毛の大きなオオカミを先頭に戻ってきた。そしてオオカミたちは肩車を組んで、再び迫ってきた。白オオカミの恐ろしげな牙が二人に届きそうになったとき、刀が振りおろされた。白オオカミは血まみれになりながら、大きな苦痛の叫び声を発して落下し、どこかへ逃げ去った。他のオオカミたちもその後を追った。
夜が明けると、旅人は町外れの鍛冶屋に行ってお婆さんに会いたいと言うと、頭に包帯をした老婆が出てきた。「その怪我はどうしたのですか」と言うと、着衣を翻して逃げようとした。昨夜のことを覚えていたようだ。旅人はとっさに刀で切りつけると、老婆はばたりと倒れた。そしてみるみるうちに年老いたオオカミになった。
こうした話が何の関連もないと思われる異なる時代、異なる地域でそれぞれ伝承され、結果としてヴァリアント(異文)と見なしうるものをいくつも残しているのは、興味深い事実である。
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