三陸書房
今月号リレー・エッセイ2
 
インド細密画の小径(1)

インドのモナリザ像
辻村 節子 


 ラーダー(Radha)像 キシャンガル(Kishangarh)派 AD1735-57 19×14inch



この絵をご覧になって、どこかで見たような……と思われるのでは?
今年は「日印交流年2007」ということで、両国政府の主導で多彩な催しが実行されておりますが、その一環として日本で6月に発行された80円の記念切手シートに、この絵がタージマハルやベンガル虎など10種の絵柄のうちの1つに採用されました。「インドのモナリザ」ともいわれているこの女性像は、インドを旅すると、たぶん最もしばしば目にする絵の一枚であると思います。
この「モナリザ」は、多くのインド細密画関係の本に紹介され、カード、ポスター、さまざまな印刷物の表紙やカットから、レストランの壁画、染織物など、また紙や布、象牙(まがいの)薄板に丁寧に模写されたお土産用美術品にも使われています。なかには左右反対(逆版)だったり、向き合って一対にされて描かれたりもしています。インディラ・ガンジー首相時代の1974年には、大型美麗な24パイサの切手が発行されています。
弓なりの黒々とした眉、ふっくら縁取られたまぶたの下の大きく釣りあがった半開の目、秀でた額に高い鼻、笑みを含んだような薄い唇、尖った顎、漆黒の巻毛と真珠に縁取られた真横向きの長い顔は、ルーブルのモナリザのように万人に受け入れられる美しさではありませんが、左肩を引いた上半身とほっそりしたウエスト、朱色のブラウス、あちこちに着けられた真珠と貴石と金の豪華な装飾品、右手で開く美しい金糸刺繍の透ける被り物、赤く化粧をほどこした左手に手挟む蓮のつぼみなどの道具立てや、微妙な藍色の背景を含めて、一度見たらその魅力に捕われて忘れられない印象を残す不思議な絵です。
この画は18世紀中頃に、インドの西部、ラージャスタン州のほぼ中央にあるキシャンガルという小藩王国の王宮で制作されたものです。署名も記銘もないので断定はできないようですが、当時のキシャンガル王宮工房の主任画家、ニハル・チャンドの作ではないかといわれています。
インドの細密画は大まかに原インド系とペルシアの影響を受けたイスラーム系とに分けられますが、原インド系の細密画は、主としてラージャスタン地方やヒマラヤ山麓の各地にあったラージプート族とよばれる武人(王族)階級の藩王国で17、18世紀に盛んに描かれました。一括してラージプート絵画と呼ばれるこの細密画には、各藩それぞれの王族の好み、その王家の信仰するヒンドゥー教の神、お家の事情、お抱え画家の才能、制作された時代背景などが反映されて、それぞれが強い特徴を持って描かれます。
ラージプート絵画は描かれた藩王国の名を冠して「ジャイプル派」とか「キシャンガル派」などと呼ばれます。ここに紹介した画は、キシャンガル王宮アトリエの画家独特の表現でこの地の理想的な美女を描いた、「キシャンガル派」細密画の傑作ということになりましょう。
次回からは、タイトルの「ラーダー」とは? いかなる条件の下にこの画が誕生したか? この画は、現在どこにあるか?などに触れながら、インド細密画の小径を歩んでみたいと思います。
なお、インド細密画のオリジナルを日本で鑑賞できる収蔵施設はほとんどありませんでしたが、昨年東京国立博物館に数百点のコレクションが入り、順次公開されています。この秋は11月18日まで東洋館第3室にて、20点が解説付きで展示中です。ご興味のある方はぜひお出かけください。
(インド細密画愛好家)




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